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神戸地方裁判所 昭和54年(ワ)573号 判決 1984年9月13日

原告

戸田賢三

右訴訟代理人

新原一世

浜口卯一

御厩髙志

被告

社会福祉法人聖母会

右代表者理事

風間まさ子

右訴訟代理人

饗庭忠男

小堺堅吾

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  原告

1  被告は原告に対し、金一、八一八万八、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文同旨

第二  主張

一  請求原因

1  被告らの地位

被告は、神戸海星病院(以下「被告病院」という。)を設置経営する医療法人であり、訴外竹田禎郎(以下「竹田医師」という。)は被告病院耳鼻科に、同山中昭夫(以下「山中医師」という。)は同病院眼科に各勤務する医師である。

2  診療経過及び事故の発生

(一) 原告は、左眼球が突出してきたため、昭和五〇年一二月八日、被告病院において、竹田、山中両医師の診察を受けた。

(二) 次で、同月一〇日、右両医師から左眼球突出は蓄膿症(慢性副鼻腔炎)によるもので、その治療には鼻内開放手術が必要と診断され、同月一二日被告病院に入院し、同日午後一時三〇分ころから竹田医師の執刀により手術(以下「本件手術」という。)を受けた。

(三) 原告は、右手術前は視力が正常(左眼1.0、右眼1.2)で、眼底検査でも異常が認められなかつたのに、本件手術中に左眼球後部に棒を突き刺されるような激痛を感じ、手術直後の同日午後四時ころには左眼の視力が喪失した。

(四) その後、翌一三日午前二時ころになつて、ようやく、山中医師の診察を受けたが、その時点では、すでに網膜が栓塞して可成りの長時間を経過していたため、同医師から「九五パーセント以上は視力回復の見込みがない。」旨の説明を受け、同日午後二時ころ、顔面のレントゲン検査を受けた上、同日午後七時三〇分ころから山中、竹田両医師のほか京大病院の耳鼻科医師岩井一(以下「岩井医師」という。らの立会で全身麻酔下に再手術を受けた(以下「再手術」という。)が、結局原告の視力は回復せずに失明し、左眼球は陥没、癒着する等顔面に醜状が残つた。<以下、省略>

理由

一請求原因1(被告らの地位)及び2(診療経過及び事故の発生、ただし、同2の(四)中、山中医師の説明に関する部分を除く。)の各事実は、いずれも当事者間に争いがないところである。

二<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ<る。>

1  原告は、昭和五〇年一一月末ころから左眼球が突出しだしたので、同年一二月八日、被告病院の眼科及び耳鼻科で診察を受け、次いで、同月一〇日に再度耳鼻科で受診したところ、レントゲン断層撮影検査の結果、顔面から4.5ないし5.5センチメートルの範囲で眼窩底より紙状板にかけて広範な骨壁の吸収欠損がみられ、しかも、上顎洞から篩骨洞にかけ嚢腫が広がり、更に顔面より6.5センチメートルのところの視神経管が拡大して不整形となり、その周辺及び蝶形骨洞も混濁している等の著しい病変が認められた。

2  そこで、竹田医師は、右症状は原告が二〇年前に受けた副鼻腔炎(蓄膿症)手術の合併症である術後性頬部嚢腫であると診断し、その症状程度などからみて、これを放置すると眼窩峰巣織炎等を併発して失明の虞れがあるばかりか、脳膿瘍、敗血症、髄膜炎等まで併発して生命の危険すらあることから、直ちに同月一二日、原告を入院させた上、同日本件手術に及んだのである。

3  本件手術は、嚢腫を開放して内圧を減圧するとともに、その再発防止のための自然孔、対孔を拡大、再構成することが目的で、同日午後一時五〇分ころから開始され、先づ口内歯齦及び大歯上窩に局所麻酔を施してから、歯齦部と前回の手術時の瘢痕を切開して嚢腫壁に達し、その内腔から暗褐色のタール状の膿汁(約二〇cc)を吸引したが、嚢腫が更に上顎洞から篩骨洞にまでも及んでいたほか、眼窩底より眼窩内側にかけて広範囲に眼窩骨壁が消失(吸収欠損)し、眼窩壁も肥厚していたので、その嚢腫壁を順次剥離したところ、上顎洞外側壁付近の動脈から骨性出血(約三〇〇cc)が生じたため、血管収縮剤(ボスミン)を浸したガーゼで局所を圧迫するとともに、スポンゼルや骨ろうを用いて止血した上、前篩骨洞に進み、その入口部分の肉芽を除去し、次で、下鼻道にある対孔と中鼻道にある自然孔を拡大ないし開設して、午後三時一〇分ころ手術を終えた。

しかし、本件手術においては、中・後篩骨洞や蝶形骨洞までには及んでいなかつた。

4  ところで、竹田医師は、前示のように広範な眼窩骨壁の欠損があつたので、本件手術中に念のため視力障害発生の有無を確めたところ、午後二時四〇分ころ、視力喪失及び眼球内転の障害が認められたため、直ちに姫路の新日鉄病院に出張中の山中医師に右事態の発生を電話連絡するとともにその指示を仰いだ。

5  右の連絡を受けた山中医師は、副鼻腔開放手術による失明事故の大半が視神経の損傷によるものとされていたこれまでの臨床例から(眼動脈の栓塞による事例は、学界の報告でも殆んど見当らない。)、竹田医師に対し、視神経管に触れたり、眼窩内壁から組織が脱出したことがないかを質したところ、同医師はこれを否定したものの、なおも視神経への損傷を強く疑うとともに、眼動脈の栓塞をも想定して、とりあえず、五パーセントTZ(ブドウ糖)5.0ミリリットルを基本に、ビタメジン 一バイアル、ニコリン 二五〇ミリグラム、チトクローム一Aの各神経賦活剤とソルコーテフ 二〇〇ミリグラム(ステロイド剤)、アドナ 一〇ミリグラム、レプチラーゼ一Aの各止血剤のほか出血がない場合にはバスクラート 五〇ミリグラム(血管拡張剤)を投与するよう電話で指示し、これを受けた竹田医師において右指示どうりに投薬をした。

6  被告病院は、専門の各診療科を有する総合病院であるが、眼科の担当医は山中医師のみで、同医師不在の時でも補充医は置かれておらず、しかも、耳鼻科の手術の際に、眼科医が立会うことは極めて特殊な場合を除き、通常は行われていなかつた。

7  本件手術後、同日午後一一時三〇分ころに帰院した山中医師の診断によれば、原告の左眼の視力は零で、外転以外の眼球運動は麻痺し、瞳孔は中等度に散大、対光反射や輻輳反応もなく、眼底血流は動・静脈ともに認められず、乳頭は白色に腿色し、後極部も白色に混濁、黄斑部中心窩は赤色で、網膜中心動脈栓塞に特有の桜実紅斑がみられ、右時点では視力の回復は困難であると一応考えられたが(網膜中心動脈栓塞による血行途絶が約三〇分間続くと、網膜の機能を回復させる可能性が少いとされているのが医学界の通説である。)、しかし、翌一三日午後二時一五分ころには、僅かながらも血流の再開が認められたので、最善の回復措置を施すべく竹田医師とも相談の上、再手術を行なうことに決し、同医師から原告と妻に対し、再手術に踏み切つた経緯及びその必要性、効果、手術の内容、方法等を詳細に説明して、その承諾を得た。

8  一般に、副鼻腔の手術中に視力障害を起して回復の可能性が殆んどないようなケースでも、万が一治癒することも医学上否定できないので、再手術を行つているのが通例である。

9  再手術は、中心動脈栓塞の原因解明とその除去、回復を目的とした手術で、当時京大病院耳鼻科の講師であつた岩井一医師に執力を依頼して(竹田、山中両医師も立会)、一三日午後七時三〇分ころから午後一〇時三〇分ころまで行つたが、その結果、前日行われた本件手術では、眼窩尖端部分までには及んでおらず、鼻前頭動脈、前篩骨洞動脈は正常で、眼窩周囲骨膜も炎症が窺われるだけで、膜壁自体には何ら損傷はなく、視神経管も蝶形骨洞の嚢腫による圧迫のため骨が吸収欠損していたが、視神経管自体には物理的な損傷は全く認められなかつたほか、眼窩尖端部分に物理的損傷が加えられたような痕跡も認められないこと等が判明した。

三以上認定の事実関係から被告の責任原因の有無につき、以下、順次検討する。

1  本件手術の過誤について

原告は、竹田医師が本件手術中に手術器具の操作を誤り眼窩尖端部の視神経等を損傷して失明させた、と主張するが、前記認定の事実関係からすれば、本件手術では、右尖端部分にまでは及んでいなかつたのみならず、その視神経管等に物理的な損傷を与えたと認められるような痕跡すら存しなかつたことが明らかであり、その他本件全立証によつても、失明の原因とみられるような手術操作上の過誤は窺われないところである。

そこで、本件事故発生(原告の失明)の原因について検討してみるに、前記認定の如く、原告の罹患していた本件術後性頬部嚢腫は、その患部が広範囲にわたる極めて異例かつ重症な嚢腫であつて、特に、その圧迫により眼窩骨壁までが欠損しており、右欠損部を通して嚢腫による圧迫ないしその炎症が眼窩内にも波及していたため、その内部にある眼動脈(血管)の狭小化、血管壁の透過性の亢進ないし脆弱化、あるいは血管内膜の病変等により血栓が生じていたとみられる蓋然性が極めて強く、これが本件手術での嚢腫内液の急激な排出、減圧により移動し、その結果、網膜中心動脈栓塞を起こさせたものと推認するのが相当である。

したがつて、原告の失明は、本件手術により生じた事故ではあるが、本件特有の症状にともなう不可避的な必然の結果であつたといわざるをえない。

2  視力回復措置の懈怠について

一般に、網膜中心動脈栓塞の場合、血行途絶が約三〇分間続くと視力回復が困難であるとされていることは、原告の主張するとおりであるが、前記認定のように、耳鼻科の手術(本件手術)では、眼科医は立会しないのが通常であり、しかも、本件当時、眼科専門の山中医師が偶々不在(出張中)であつたため、原告に視力障害が生じた時点では、竹田医師としても、不十分な電話連絡のみにより山中医師の指示を求めざるをえない異常な事態におかれていたこと、そして、右の緊急連絡を受けた山中医師において指示した問題の投薬の点も、一般に、本件の如き種類の手術中に視力障害が起るのは、視神経の損傷による場合が大半で、本件のような網膜中心動脈の栓塞による症例は稀有であつたことからすれば、たとえ同医師がこれを予見し得なかつたとしてもやむをえなかつたこと等諸般の事情、経緯を総合斟酌すると、竹田、山中両医師のとつた各措置にも格別非難すべき懈怠はなかつたものというべきである。

3  再手術の不当性及び説明義務違反について

本件の場合、再手術をしても、時期的に原告の視力を回復させることは困難であつたが(現に、視力は回復されなかつた。)、前記7、8で認定したように、本件と類似の事例では、たとえ視力回復の可能性が乏しくても、再手術に踏み切つているのが通例であり、しかも、本件の場合、僅かながらも血流の再開が認められていたので、万一の可能性に託してあくまでも最善の努力、手段を尽すのが医師として当然なすべき措置であるから、これを(再手術)不当、無用の手術であつたと即断することはできない。また、これについての原告らに対する説明も必要かつ十分になされており、その承諾を得て行つたものであるから、この点に関する原告の主張も採用できない。

四以上の次第で、本件事故は結局のところ、不可抗力による不慮の事故とみるほかない。

よつて、原告の本訴請求は、その余の争点につき判断するまでもなく、理由がないことに帰するからこれを棄却し、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(永岡正毅 岡原剛 大西嘉彦)

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